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音楽批評

「第一回 ロックに目覚めたあの頃」

Actio2009年5月号、23頁、所収

橋本努(1,500字)




 

 

 音楽を欠かせない生活をしている。朝起きてから夜寝るまで、食事中も歯を磨くときも、移動するときも机に向かうときも、だいたい音楽をかけている。唯一静かな時間は、本気で集中する時だけ。それ以外は割とガヤガヤした生活を送っている。

ときどき僕は、ムキになって音楽を聴いているのではないか、と思うこともある。確かに僕は、音楽をガツガツと聴く。これは思想家の酒井隆史さんがどこかで書いていたのだが、彼は、ジャズの王様マイルス・デイビスが、70年代にドラッギー(麻薬中毒)で演奏していたアルバムを「聴き倒す」ように聴くのだという。聴くことも、一種の格闘なのである。悶々とした生活を送りながら、自分よりもいっそう悶えている音楽家の演奏に入りこむ。そういう経験がはたして何の役に立つのか、それは分からない。けれども自分を揺さぶる異質な音楽に、耳を傾けていたいという気持ちが僕にもある。ナルシシズムの世界に閉じこもらず、日常生活をばっさりと切断していく。そんな遠心力に、僕は駆られてしまうのである。

それが度を越してしまったのは、ニューヨーク滞在中に、リンカーン・センターの脇にある演劇芸術図書館を訪れたときだった。CDの宝庫たるこの図書館に、僕は毎日のように通って、一日に100枚くらいのCDを聴いた。わくわくした日々だった。音楽を受容する心の襞が、異様な方向に進化していった。

 マイルスならぬ、K・マルクスは、煙草を吸いながら執筆活動に勤しんだというが、僕の場合はそれに代わるのが音楽で、音楽がないと生活がはじまらない。音楽はまるで、阿片のようである。頭が覚醒され、それが欠乏すると苦しくなる。「宗教は、民衆の阿片である」と言ったのは、マルクスだった。現代人にとってその阿片とは、音楽ではあるまいか。音楽にも神様がいて、ときどき僕たちの心に降りてくる。血液のなかに、豊かな精気を吹きこんでくれる。それが人生のかけがえのない情感を生み出しているようにも思われる。

 実に生命は、音楽から生まれてくる。音楽にどっぷりと浸かって、音の世界に埋没すると、その経験が無意識の世界を解き放ち、自分のなかに眠っていたものが創造の源泉となって現われる。だがもちろん、クリエイティヴな発想は、背後に広大な領野を必要としている。それは自分では作れない、音楽の神様が司っている不思議な次元なのである。

掲載写真にあるように、僕はヘヴィメタル・バンドを組んでいた。他にも、友人の茂木欣一(現在、東京スカパラダイス・オーケストラのドラム担当)といっしょに「ソン・コラージュ」というロック・バンドを組んだりもした。茂木欣一とは、中学時代からの親友で、頻繁に会って演奏を楽しんだ。他人の曲を演奏する能力があまりなかったので、オリジナルの曲を作って演奏した。「あざみ野駅の、プラットホーム、云々」みたいな曲だ。茂木はドラムの代わりに机を叩いて歌う。僕はギターとベースを担当。無邪気にも曲を作って演奏しては、それをカセットテープに多重録音する日々が続いた。

 大学時代までに貯めたそれらのテープは、膨大になった。いつかリタイアしたら、また二人で演奏してみたい。そんな夢をひそかに抱いている。あのころの青春時代を取り戻したいというのもあるが、小生にとって作曲の経験は、思考の原型であり、いまもそのノリで自分の思想を紡いでいる。僕はこれまで、どんな本よりも音楽から創造と破壊の精神を学んできた。いま聴いている音楽も、創作の神様を引き寄せるものとしてある。そんなCD作品を、次回から紹介していきたい。